享楽的生き方から絶望へ、そして今・・・

「絶望」:人の立場・環境で、その深刻さの大小が変わる。

とかく、サラリーマンの場合、窓際族に追いやられた、降格になった、

戦力外通告された時などに、そのように感じる。


私はこれまで、人生を享楽的に生きてきた。非常に恥ずかしく反省している。

推薦で高校に入学、大学も推薦制度、就職も教授のコネ入社と、苦労・努力の意味を理解

しなければならない時期に、「楽」な道を選択してきた。

当時、他界した母親に、「あんたは楽な道を選んできたから、将来苦労するわ!」と

言われたことを思い出す。


社会人になり、様々な価値観を持った人たちと接し、競争社会の中で生きていくことに

なった。

苦労せず享楽的に生きてきた私は、夜の繁華街で酒に溺れ、30過ぎまで、

堕落した生活をしてきた。

気が付くと、後輩が先に出世していく。さらに後輩が出世していく。

はじめてそこで気づく。

絶望・・・とまでは思わなかったが、このままではいけないという想いで、

気持ちを入れ替え、仕事に集中した。

しかし・・・苦労・努力を知らない私は、何もできない。

そして会社で信頼を失い、人が離れていく。


転職活動もした。しかし、キャリア構築ができていない私を採用してくれる会社

なんてない。最終面接まで行った会社は2社ほどあったが、結局採用に至らない。

年齢重ね、徐々に絶望感に襲われた。



しかし、今は、ある程度満足した環境にいる。

それは、主体的に物事を考えられるようになり、「価値観」を主体とした生き方に

シフトできたからだ。


生活に高望みしようと思えば、いくらでも、そこに欲求がでる。

大切なのは、何をして、どう生きていくか、そこに何を求め、主体的に生きるかだ。

依存ではなく、自らが主役になり、選択ができるようになったからだ。


しかしそれは、「負け犬の遠吠え」かもしれない。

でもそれでいい。考え方は多種多様であっていい。

嫌な気持ちで会社に従順になり、出世し高収入を得る。それも生き方だ。


誰でも一度は、大小にかかわらず「絶望」という経験をしたことがあると思う。

私の場合、苦労せず享楽的に生きてきたから、絶望から這い上がるまで時間がかかった。

この這い上がる強さこそ、すなわち、苦労と努力が、人間性を作っていくということに

気づく。

この年齢になって、他界した母親の言葉に改めて気づかされる。

エンパワーメントコーチ 廣川秀章

手帳を活用し新しい生き方を見つけよう!自分オリジナルを見つけ、生きがいに満ちた人生を見出すための手帳を活用したコーチングを手掛けます。

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